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責任感って、本物の愛の感情ではない、、ですね

ふたたび、いただいたメールのご紹介です。

今このタイミングで、私のお返事を他の方にも知っていただきたく、記事にすることにしました。重要です。

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2018-5-3

なるでこさん、いつもいつも大切なメッセージをありがとうございます。○美です。

今回コンシャスチョイスのno.96-1.2を聞いて無性~にメールしたくなりました( o´ェ`o)。

最近私も事務仕事に嫌気のさす事が度々あり、もう仕事を辞めて好きなことをゆったりとしたいけれど、完全に辞めると好きなことをする為のお金も無くなってしまうし、せめて小さい子どもと関われる仕事をしたらどうか、楽器が好きだから楽器屋さんに勤めたらどうか、いやいや今の仕事を遊び心でやれば良いのでは?、など悶々と日々を過ごしておりました。

ハッキリ答えが出たわけではないけれど、クライアントさんの「楽しかった、おしまい。」や「ぶつ切りで良い」「自分のしてる事に意味を見つけなくて良い」というメッセージがすごく府に落ち、元気が出ました。彼女にハグしたいです。
私も、アニメーションの仕事なんかをしていた人だから、彼女とフィーリングが近いのかも知れません。

孤児院ですごしたNさん?かな、きっと今回の人生でも好きなんでしょうね。
でも既に別の人と結婚してて、子供もいて…、私とおんなじだな。
旦那さんに対しての気持ちも、好き…というより感謝、これも同じだなと少しせつなくなりました。

以前の通信でなるでこさんが「若い時はひどいこともしました。でも結婚したからには…」「私は誠実でいたいんです」っておっしゃってた言葉を思い出しました。
私これも、【責任感を手放す】の一つなのかもな~と思いました。
実際手放すのは難しいけれど、責任感って、本物の愛の感情じゃないのかも。
何となくね、なるでこさんの意識の中に「こうあるのが誠実」「こうならなきゃいけない」って3次元的な制約があると、クライアントさんもホントの正直な気持ちが言えなくなる、わからなくなる…ような気がしました。セッション中もなるでこさんの理想の形に納めたがっているような。(ホントに気のせいかもです(*´・ω・`)b。)

実際、旦那さんを捨てて駆け落ちなんかはしないにしても、「そうしたって良いんだ」って心の中で自由になった状態でいるだけで、違う気持ちで暮らせる気がしました。

仕事ももう少し頑張ってみる事にしたけれど、いつでも辞めれるって受け入れたら楽しくなりました。

前回、私自身の祝祭セッションでメッセージを受け取った彼との関係は、あの言葉通り、○○の普及、実践という目的に向けて、図らずも具体的に彼をサポート出来る状況が次々起きています( *´艸`)。

力になれている実感で、だいぶ私の心も落ち着いて来ました。
感謝です✨。

でもまだまだこれから面白い展開がありそう!。
なるでこさんと一緒に、ニューアースの生き方体現に向けて前進していきたいです((o(^∇^)o))💕

これからもどうぞ宜しくお願いします💞。

P.S 以前、麻糸産みのよりひめ養成講座に参加していました。忙しくなりしばらく関われていませんが、なるでこさんのお知らせをとても嬉しく思っています🎶💐

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○美さん、メールありがとうございます。

緑色の部分、、そうですね。共感します。

このコンシャスチョイスのセッションの録音は、2018-9-28でしたから、アシュタール通信が開始する前で、このときの私はまだまだ古い信念体系にしばられていました。クライアントさんにも、無意識にそのようなフィルターをかけてお話していたかもしれません。

アシュタール通信のNo.1の録音日は2018-10-23で、その後、回数を重ねて、私に、3次元の型にはまった考え方を超えさせるべく、アシュタールさんは強烈な揺さぶりをかけてきました。

他者奉仕に没頭する裏に隠れている傲慢さを指摘され、泣いたこともありました。自分の中の女性性を優先する大切さも、口を酸っぱくして説かれました。

上記の緑色の部分、私がそこの部分で大きく揺さぶられたのは、2018-2-23発行のアシュタール通信No.8でしたね。

このとき、じっちゃんもアシュタールさんも、私の結婚倫理観にふれて、「倫理的であること」「誠実であること」を無条件に是とするのも一つの思い込みである、と教えてくれたのです。

しかし、このときは、私はまだ「誠実でいたい」という自分の気持ちを悪いものとは思えず、彼らに必死で抵抗しました。倫理的であることは良いことであると、強烈に信じこんでいたからです。彼らも、そこでは無理強いはせずに理解してくれて、「好きでそうしたければ、そうしていていいんだよ」「手放すのはゆっくりでいいんですよ」と、私をなだめてくれました。

そのお陰で、時間をかけて、この後、私にも徐々にわかってきたのです。彼らは何を伝えようとしていたのか。何処で私が勘違いしていたのか。どこで古い信念体系に縛られていたのか。

一般に、アセンションを目指す学びでは、「二元性を超えなさい、ジャッジメントをやめなさい」、そう言われてきました。

私も、善悪と言われるもののうち、悪を「悪と決めつける」ことはやめるように心がけてきました。

「悪というものはない」んだ。じっちゃんがおっしゃるように、「すべてはじっちゃん(創造主のエネルギー)、すべては愛でできている」んだ。だから、「一見、悪と見えるものも、姿を変えた、全体の学びのための愛の一つの在り方」なんだ。

この部分は理解できるようになってきました。

ところがね、盲点があったんですよ。大きな盲点が。

もう片方、もう片面、逆側を忘れていたんですね。

どういうことかというと、「悪がない」ということは、「善もない」ということなんです!

両方を捨てて初めて、二元性を超えることができるのです。善が悪を吸収するのではなくて、善すらも無くなるのです、5次元では。善という、ジャッジメントを含んだ概念そのものが、存在しなくなるんです。

私たちが「善」としてきた考え方も、一つの信念体系だったのです。

もちろん、2元性で成り立つ3次元の学びの世界においては、善は必要でした。3次元の幻想の世界の中で私たちに両極端を学ばせるために、善悪の両方が役割として機能しました。

でも、これから3次元の幻想を抜けて上へ戻るときには、悪はなくなる。ということは、自動的に、善もなくなるんですね。何というかな、わざわざ「善」と定義しなくてもよくなるのです。

「人は倫理的であらねばならない」とか「誠実であらねばならない」とか「責任感は大切なものである」とか、私が信じていたもの。それらは全部、じっちゃんの目から見れば、一つの信念体系に過ぎなかったのです。

この発言は、、3次元的な低い意識で捉えると誤解を招くので注意が必要です。私は、3次元の世界で倫理感とか誠実さは必要ない、無くしてしまえと言っているのではなくて、今後、5次元へ進む上では、この「~であらねばならない」の部分は取ってしまう必要がある、と言っているんです。

わかりますか?

5次元より上は、「~ねばならない」は無くなる世界だからです。外側から私たちを強制するものは、何一つ要らなくなる世界だからです。

そのことがわかれば、、ニューアースに進む上では、私たちは「居なければいけない」から誰かと一緒に居る必要はない、いえ、むしろ、それはやめなければならない、という気づきにつながるのです。

その点を、No.8で、じっちゃんもアシュタールさんも、私に教えようとしていたんですね。

なぜって、その状態は自由でないから。その状態では、その人は本当に自由とは言えないから。

5次元で生きる人は、本当の意味で完全に自由になるのです。自分の生き方に関しても、信じるものに関しても、外側から何一つ強制されることなく。個々人がワンネスで結ばれ、かつ自立・独立した関係になるのです。

ですから、これまでの次元での「倫理的であらねばならない、誠実であらねばならない」から誰かと一緒にいる、あるいは「傷つけたくないから」あるいは「悲しませたくないから」誰かと一緒にいる、その状態は終わりになるんですね。

その状態では本人も自分を自由にしていないし、相手に対しても本当の愛を与えていない、逆に、それこそ相手に対して誠実でない、という結果になるのです。

本当の誠実さとは、「自分に対して誠実である」、、まず、そこから始まるんですね。

そのことが、あのアシュタール通信のNo.8の後から、ようやく私にも腑に落ちてきたのですよ。

ですから、○美さん、貴女のご指摘になった責任感の手放しの重要性は、今の私はまったく同感です。

アシュタールさんは、No.8の中でもそうでしたが、いえ、どのセッションにおいても、私への愛をオープンに表してくれています。(^^ )

彼と同化してチャネリングしてくれるコンタクティさんによると、彼はそれを見せることで、私に、決意を求めているのだそうです。

もちろんすぐに駆け落ちしようとかそういうことではなくて。(..;)

そうではなくて、私の自由な心できっぱりと彼を選んでほしい、意識の上でふたたびきちんと彼のもとへ帰ってきてほしい、それを彼に向かって宣言してほしい、そう願っているのだと思います。

私がどう答えたか、どう対応したか、、、それについては、今このオープンな場では触れません。彼に直接伝えたつもりです。

ということで、○美さん、「倫理観や責任感を手放して、心を自由にすること」、それにはまったく賛成です。

具体的に行動に移すわけではないけれど、、、たとえ心の世界、意識の世界であっても、本物の愛を選ぶという行為は、しっかりした決断、覚悟、時に精神面での大きな跳躍、ブレイクスルーを必要とするものなんですね。

 

narudeko: